
CEO
関水康伸
東京大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻・博士課程を修了。コーポレイト・ディレクションやプライベートエクイティを経て、東大工学部の坂田利弥准教授との出会いをきっかけに2015年にProvigateを創業。創業時は涙液グルコースセンサの開発を行っていたが、2018年にグリコアルブミンにピボット。現在は、東京大学・熊本大学および米国のKOLと連携し、在宅グリコアルブミンモニタリングと行動変容アプリの開発を進めている。
週次血糖測定で「行動変容の力」を解き放つ
御社の事業を簡単にお教え頂けますか?
私たちの会社は、糖尿病に関する予防と治療に取り組んでいます。世界の人口の約10%が糖尿病で、さらに10%が糖尿病予備群なんです。つまり、5人に1人が糖尿病に関連するリスクを抱えている状態ですね。
糖尿病は、世界の医療費の中でも大きな割合を占めています。例えば、日本では年間の医療費が約45兆円で、そのうち糖尿病関連だけで約1.2兆円、合併症を含めると2〜3兆円にもなります。アメリカでは糖尿病だけで約4千億ドルの医療費がかかっているんです。日本の税収に匹敵する規模です。
私たちの目標は、糖尿病を早期に発見し、重症化を防いだり遅らせたりすることです。大胆に単純化すれば、糖尿病は血糖値という一つの指標を管理するだけで、予防や治療がある程度可能な病気です。テクノロジーを活用して、この管理を効率的に行い、多くの人々が健康を維持できるようにすることが私たちの使命です。
また、糖尿病の予防や治療の進展は社会全体への影響も大きいと言えます。私たちは、糖尿病に特化した取り組みを通じて、より多くの人々の生活の質の向上に貢献できればと考えています。
ホームページを拝見したのですが、可愛らしい機械がありました。あれが御社のマシンということでしょうか?
開発中の血糖測定機器のモックアップです。在宅血糖モニタリングのハードウェア開発力や技術力が私たちの競争力の源泉と言えます。ただし、私たちは単なる検査機器・体外診断薬メーカーではありません。機器・アプリ・遠隔医療の組み合わせで行動変容をサポートするサービスを、世界標準化することを目指しています。概念的にも非常に新しいサービスですから、ご理解いただくには糖尿病の背景についてご説明する必要があります。ちなみにですが、糖尿病にどんなイメージを持っていますか?
義理の姉が糖尿病で、インスリンを自分で打つ必要があります。血糖値が下がりすぎても困るし、上がってしまうのも困るので、難しい病気だと思っています。
おっしゃる通り、血糖値を高すぎず低すぎず、ちょうどよい範囲にコントロールし続ける難しさがあります。
インスリンがほとんどでなくなってしまう1型糖尿病や、インスリンの機能などが低下して徐々に血糖コントロールが悪くなる2型糖尿病、妊娠糖尿病等いくつかのタイプがあります。インスリンの自己注射をする方は、インスリンの注射量を決めたりインスリンが効きすぎることによる低血糖を未然に防ぐために、血糖自己測定器を使います。指先を針で刺して、その瞬間の随時血糖を測定するSMBGという手法や、バイオセンサを皮下に埋め込むCGMという手法が普及しています。いずれもある程度の痛みやコストを伴います。
また、糖尿病は「生活習慣病」といわれていますが原因は一概には言えません。例えば、アメリカと日本の生活習慣は大きく異なりますが、糖尿病の有病率に大差はありません。遺伝的バックグラウンドの違いにより、アメリカでは肥満の糖尿病の方が多い一方で、日本にはやせ型の糖尿病の方も多くいることが知られています。
そのような中でなぜ行動変容に着目したのでしょうか。
当初は行動変容は考えていませんでした。2015年に創業した際には、涙液グルコース測定器を開発するシンプルな研究開発型ベンチャーとしてスタートしたのです。指先に針を刺して血を出さないと測れない従来の方法は痛いので、もっと簡単で痛くない方法を開発しようというシンプルな発想でした。東大医学部の先生と工学部の坂田先生が涙の中のグルコースを測るデバイスを開発したのが始まりです。しかし研究開発を重ねていくうちに、涙や唾液の中にもっと使いやすいバイオマーカーが含まれていることに気づきました。それがグリコアルブミンです。血糖値は毎日変動しますが、グリコアルブミンは過去数日から一週間の平均血糖値の変化を滑らかに示してくれます。これは、瞬間の数値が大事なインスリンのドージングや低血糖回避には使いにくいのですが、行動変容の成果をチェックする「週次小テスト」としては有用であることに気がついたのです。
糖尿病の発症や重症化予防には行動変容が重要です。しかし、糖尿病のある方の9割はインスリンが処方されておらず、血糖測定器は保険適用外です。驚くべきことに、糖尿病の9割の方は数か月に一度の通院時にしか血糖値がわからないのです。これでは行動変容をするのは難しいと言えます。そこで、私たちの研究グループでは、週に1度グリコアルブミンを測定し、アプリで行動変容をサポートする「検査+アプリ」のシステムを開発し、特定臨床研究を実施してみました。すると、驚くべきことに内服薬に匹敵する血糖改善効果が得られたのです。この成果は論文でも発表しています。現在私たちはこの週次グリコアルブミン検査を、なるべく痛くなく、経済的に、使いやすく提供できるように鋭意開発を進めています。
糖尿病のある方や予備群の方を含め、全ての人には自分の行動を変える力が備わっています。ただ、適切な情報とガイダンスが必要です。私たちはその力をアンロック(解放)することを目指しています。
地球上の糖尿病患者がアンロックされたら、医療費も大きく下がるでしょうね。
そのような社会は夢物語ではありません。血圧計の普及は高血圧の医療に革命を起こしました。在宅での週次グリコアルブミンモニタリングが普及すれば、医療費も大幅に削減できるはずです。私たちのスローガンは『Unlocking the power of behavior change』(行動変容の力を解放する)です。皆さんが持っている力を引き出すお手伝いをしたいと思っています。
どのように使われて驚かれた、などありますか?
最も驚いたのは、予想以上に多くの方がこのサービスを使いたいと思って下さっていることです。今、パイロット事業を小さく始めているのですが、その反応の良さが私たちの想定をはるかに上回っています。現在は、一週間に一度、指先から少し血を取って郵送していただき、ラボで測定するシステムを提供しています。近い将来、これを唾液に置き換えられるように開発に取り組んでいます。在宅迅速検査用のバイオセンサーのプロトタイプはできているのですが、量産・薬事承認・保険収載にはもう数年が必要です。
正直なところ、指をちくっと刺すのは怖いですし、血液を郵送するのも手間だと思います。ですから、糖尿病のある方や予備群の方に利用勧奨をしても、反応は薄いだろうなと予想していました。でも実際には、私たちの予想の5〜6倍の人が使い始めて下さっており、何か月もサンプルを送り続けています。こんなにも多くの方が血糖値を気にしており、さらに行動変容を実現していることを目の当たりにし、大変驚きました。指を刺すのは実際にはそんなに痛くないのですが、やはり初めは怖いものです。それに毎週ポストに投函するのも面倒くさいと思うのですが、9割以上の方が毎週サンプルを送って下さっています。やはり、思った以上に多くの人が生活習慣を改善したいという意識を持っていらっしゃるのだなと実感しています。
なぜこの事業を始めたのでしょうか?
きっかけは、2012年に東京大学の坂田利弥教授がJSTの助成事業に採択されたことです。この助成金は、基礎研究と実用化を橋渡しする「トランスレーショナルリサーチ」をサポートするものでした。そこで、医学部の窪田直人先生と一緒に涙のグルコースを使って血糖を測る研究を始められました。この研究は2年続き、2014年に終了しました。
その後、この技術を使って会社を作り、社会に役立てようという話になり、経営者を探すことになりました。私は当時、海外に住んでいて、金融の仕事をしていました。そこで共通の知人を通じて坂田先生のプロジェクトの話をお伺いし、坂田先生と意気投合して起業に至りました。
正直、血糖モニタリングの分野には大企業が多く競争が激しいので、坂田先生には「血糖モニタリングは厳しいからやめた方が良い」とご進言しようと思っていたのです。でも、坂田先生にお会いしたところ、まずはすっかり人柄に魅了されてしまいました。その後、坂田先生をよくよく調べてみると、世界的なご実績をお持ちの研究者であることに遅まきながら気がつきました。坂田先生はNature Biotechnology の特許引用ランキングで2015年に世界4位となっています。対象となったのは、半導体次世代DNAシークエンサーの画期的な技術で、この技術を発展させた米国のiontorrentという企業は7億ドルで買収されています。このようなぶっ飛んだ発想力のある先生と一緒にできれば、仮に涙液グルコースが上手くいかなかったとしても、何かしら作り上げられるだろうと思い、香港の仕事を辞めて日本に戻り、2015年3月に会社を立ち上げました。今年で10期目です。
アプリにまで事業の幅を広げられたのはいつでしょうか。
一番初めは東大で行った臨床研究用のアプリです。その後バージョンアップを重ねています。ヘルスケアアプリや医療機器としてのアプリとして、それぞれ開発を進めており、早く社会に広めたいと思っています。
会社の将来のビジョンについてお聞きします
会社の将来のビジョンとしては、血糖値を中心にしたパーソナルヘルスレコードを、ユーザーの方が上手く利活用できる包括的なサービスを提供することを目指しています。毎週血糖値を測ることで得られるデータを活用して、その人に合った行動変容のサポートとなる情報を提供する会社を目指しています。
多くのヘルスケアスタートアップがある中で、私たちはアプリだけに限定することなく、ハードウェアでリアルタイムデータを収集し、それを活用することを目指しています。特に血糖値の測定は、定期的に行うことでユーザーにとって非常に分かりやすいデータを提供できます。
また私たちは、血糖値のモニタリングをより身近で気軽なものにしたいと考えています。これからは、糖尿病のある方に留まらず、例えば家族に糖尿病のリスクが高い人がいたり、自分自身がそのリスクを持っている場合にも、私たちのサービスを利用していただけるように、侵襲性・コスト・使いやすさをより改善していきたいと考えています。
血糖値の測定は体重計に乗る感覚のように、日常的で身近なものであるべきです。糖尿病のリスクが高い人だけでなく、誰にでも役立つ情報を提供できるように、週次グリコアルブミン測定×アプリのサービスを空気のように身近な存在にしたいと思っています。
個人的な夢や目標はありますか?
個人的には、家族や身近な人々が毎日楽しく生活できて、世界が平和になればいいなと思っています。
幼少期はどんな子供でしたか?何に興味がありましたか?
根気がなく、勉強せず、落ち着きなく走り回ってばかりいるような幼少期でした。両親は公務員でしたが、自分はサラリーマンや役人になろうと思ったことは一度もありません。大学と大学院では動物好きが昂じ、動物学を専攻しました。その道の研究者になりたいと思ったのです。しかし動物好きなのに動物を殺して実験する矛盾に疑問を感じてしまい、PhDを取得したのちは民間のコンサルティング会社に就職しました。それが結局は公益を第一に考える営利企業の経営者になっているのですから、人生はわかりません。
楽しく生きるという信念について教えてください。
私の信念は「自分が楽しく生きること」です。自分が楽しくて家族も楽しい、そして周りの人たちがハッピーであることが大事だと思っていますし、他人にそれを邪魔されたくもない。だからこそ自分も人に迷惑をかけない生き方をしたいと思っています。自分の仕事が世界平和につながればこんなに良いことはありません。
今の仕事やキャリアの選択についてどう感じていますか?
最初は生物学の研究者を目指していましたが、学位取得後はコンサルティングや金融業界でも働きました。コンサルティングでは問題解決に取り組むことが面白かったですが、クライアントファーストの世界は、必ずしも社会に良い影響を与えるばかりではありません。
現在の会社での仕事は、世界人類のための仕事であると、100%の自信をもって言い切れます。毎朝起きたときに「今日も自分は人類の健康と世界平和に貢献するぞ!」と思えるのです。こんなにストレスフリーな仕事はありません。
東大前 HiRAKU GATEに期待することは何ですか?
場の力だと思います。スタートアップの世界では、一人の面白い人から思いもよらぬ繋がりが指数関数的に広がることがあります。スタートアップに限らず、面白い事業や人たちは必ずどこかで繋がるものです。特に東京大学の近くという立地は素晴らしいですし、ここでの交流が非常に重要だと思います。交流会という形式的なものではなく、自然に人と人がつながれる空間があると良いと思います。
その空間デザインについて、具体的にどのようなことを期待しますか?
空間自体がクリエイティブな活動を促進するようなデザインが理想です。日本の大学だと、天井が低く、部屋が仕切られていて、他の研究室が何をしているのか分からないことが多いと思います。もっとオープンで、人が自然にすれ違ったり顔を合わせたりできるような空間が欲しいです。そこから自然な会話やアイデアの交流が生まれると思います。
メッセージとして伝えたいことはありますか?
このような素晴らしい施設から、世界標準の医療を作っていきたいと考えています。この環境でいろいろな入居者の皆様とフランクな交流を行えば、お互いの事業価値をさらに高められると期待しています。