代表取締役
趙 博宇
東京大学工学系研究科社会基盤学専攻博士後期課程にて、スマートフォンによる路面評価手法のコア技術を開発。また、同大学院特任研究員として、技術の高度化ならびに社会実装に携わる。これらの業績により、東京大学工学系研究科長賞、文部科学大臣表彰(技術開発部門)を受賞。大学院修了後は、JR東日本に就職、線路保守における現場実務や線路設備モニタリング(CBM)における研究開発に従事。社会インフラメンテナンス業界における産学連携やDXの推進を目指し、(株)スマートシティ技術研究所の創業メンバーとして、2022年代表取締役社長に就任した。
次世代インフラ維持管理の革新
本日はどうぞよろしくお願いいたします。早速ですが、まず簡単な会社の紹介をお願いできますか?
株式会社スマートシティ技術研究所は、2019年に設立された東大発ベンチャーです。主な事業分野として、土木分野の道路メンテナンス、維持管理、鉄道の管理の高度化を目指しています。我々はDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組み、特に土木分野に特化したDXの推進を行っています。会社のミッションは、土木の基礎知識とITなどの先端技術を融合し、次世代のインフラ管理を実現することです。
ありがとうございます。続いて、社長の簡単な自己紹介をお願いします。
私は2014年に中国から日本に来ました。中国の大学を卒業し、その後東京大学の博士課程に進学しました。専攻は土木で、特に道路の研究開発を行っていました。博士課程修了後、JR東日本に就職し、4年間勤務しました。その後、研究成果を社会に実装し、産学連携を強化するためにスマートシティ技術研究所に参加し、2022年に社長に就任しました。
開発された「GLOCAL-EYEZ」(グローカルアイズ)について、もう少し詳しく教えてください。
「GLOCAL-EYEZ」は、一般車に取り付けたスマートフォンで道路を撮影し、AIにより舗装路面の亀裂、ポットホールや段差などの損傷状態、道路付属物の傾き、ならびに区画線のかすれ等の位置を簡単かつ迅速に把握・診断することができるクラウドシステムです。このシステムは東京大学大学院工学系研究科長山智則教授の開発したAIによる路面評価技術の基本ロジックと当社のAI・システム開発、ニチレキ株式会社の舗装管理・舗装補修技術を融合することにより開発されました。システムの一部のコアロジックは、十年前に自分が博士課程にて研究した成果です。
「GLOCAL-EYEZ」を開発したきっかけについて教えてください。
従来の路面点検は高価な専用測定車両を使用していますが、その費用が非常に高いため、主に幹線道路しかカバーできておらず、市区町村が管理する膨大な一般道路はあまりカバーできないという限界があります。それらの膨大な道路ネットワークの状態を効率的かつ客観的に把握し、詳細調査や補修の要否、事故リスクの高い道路を確実に絞り込むスクリーニングできる技術が求められています。こうした背景を受けて、10年前に大学でスマートフォンを活用した道路点検解析技術を長山智則先生のご指導の下で研究し始めました。
なるほど。ありがとうございます。「GLOCAL-EYEZ」の強みは何でしょうか。
キーワードは精度です。GLOCAL-EYEZのような簡易装置ベースの点検技術は従来の路面性状測定車に比べ、高頻度な計測により大量な点検結果を安易に入手できるという強みがあるものの、検出率や的中率における精度的な問題が少なからずあり、道路管理者による利用価値が限定的でした。当社は長年の研究開発を通じて、一般車両や車載簡易装置を用いる際の難しさを克服できる高度な解析ロジックを開発でき、昨年度国土交通省の点検支援技術性能カタログの精度試験にて合格項目数最多、道路巡視の精度は最高ランクを獲得しました。
1台のスマホだけで、ここまでできるという点がとても素晴らしいと思いました。高速道路のような高速で走行している時にも測定が可能なのでしょうか? それとも速度が速すぎると難しいのでしょうか?
スマホの品質によりますが、現在は速度の制限を緩和しつつあり、iPhoneのカメラ性能も毎年向上しているため、基本的には高速道路でも測定できるようになっています。会社設立当初はiPhone 11の時代で制限がありましたが、ハードウェアの進歩に伴い、モジュールのグレードアップによりできることが増えてきました。
そうなんですね。AIの画像解析技術も重要ですよね。
そうです。10年前はAIがほとんど知られていなかった時代で、画像解析技術も精度に限界がありました。しかし、ハードウェアとソフトウェアの進化により、現在では当時の夢を実現できるようになりました。この進歩は研究室の後輩たちのおかげです。私はJR東日本で働いている間、研究には関与していませんでしたが、後輩たちが継続して研究を進めてくださいました。そのおかげで現在の技術が実現しています。
4年間はお仕事に専念されていたんですね。
そうです。JR東日本で働いている間は、道路分野の研究から離れていましたが、JR東日本においても、軌道点検技術の高度化等に関するDX推進に力を入れており、大学で学んだモニタリングの基礎知識を非常に生かすことができました。
先ほどの質問に関連して、なぜJR東日本に入社されたのか教えていただけますか?
私が大学卒業した頃には、JR東日本から「線路設備モニタリング」という画期的なコンセプトが打ち出されました。例えば、皆さんがよく知っている山手線ですが、毎日営業車両に搭載されているセンサーから軌道、車両、線路周辺の異常を常に監視しています。そのような現場第一線の課題を先進技術で解決する、というJR東日本の理念に非常に共感しました。まだ、自分が大学で研究した道路向けの解析技術は、「線路設備モニタリング」にも応用できると思いました。
JR東日本ではどのような仕事をされていたのですか?
初めの数か月間は研修期間であり、ニューデイズでの接客、車両基地での車両点検、営業車両中に車掌としてアナウンスなど、JR東日本の色んな現場で経験させていただき、非常に楽しかったです。その後、現場部署である保線技術センターにて配属され、毎週スパナを持ってレールとレールの間に徒歩巡視したり、先頭列車に乗って列車巡視をしたり、いわゆる現場第一線の仕事をしていました。現場で勤務してから約1年後、自分が念願している線路設備モニタリングの研究開発機関に異動され、研究開発に主に従事しました。
その経験が現在の仕事にどのように役立っていますか?
東日本に在籍した時に、上司によく言われていたのが、現場第一線の大切さです。自分の興味で研究するというわけではなく、現場第一線が直面している課題や工夫を理解し、それを解決するために研究すべきだと分かりました。そのJR東日本での現場経験が、今の会社運営に大いに役立っています。現場第一の意識を持ちながら、先端技術を土木分野に投入し、道路管理者の困難を解決するための商品を開発しています。そういった経験が今の商品の評価につながっています。
ありがとうございます。JR東日本でご経験された事について、お話を伺えて本当に良かったです。御社のGLOCAL-EYEZもきっと現場の様々な課題を解決されているかと思いますが、具体例をご紹介いただけますか。
例えば雪国では、冬季の雪解け後に道路に穴が開きやすくなります。これは、雪と水が道路の下に浸透し、構造を破壊するためです。その結果、雪解け後に穴が大量に開いてしまい、バイクや車が事故に遭う深刻な危険があります。これを防ぐために、穴が開かないよう、事前に予測して予防保全措置をすることが非常に必要です。しかし、従来の高価な機器は5年に一度しか使用できず、その荒い頻度のデータ利用は中々厳しいです。道路管理者が大変困っている課題です。
スマホを使った技術はどのように役立っているのですか?
スマホを使えば、任意の車両にスマホを載せて、簡単に高頻度で道路状態をモニタリングできます。これにより、穴が開く前のひび割れの急進展などを早期に検知し、シール材注入などの予防措置を講じることが可能です。これにより、事後対応から予防保全へ転換し、事故の低減および補修予算の最適化が実現できます。
誰が実際にこの技術を使用しているのですか?
主に役所のパトロール車両にこの技術を搭載しています。また、例えば警備車両やゴミ収集車両に搭載されているドラレコデータの利活用、つまり異業種との連携も進めています。将来的には、自動運転車両との連携を目指しています。
なるほど。技術の発展が楽しみですね。
そうですね。今後も現場の課題解決に役立つ技術を開発し、さらに多くの地域で安全な道路環境を提供していきたいと考えています。
趙社長ご自身のお話になるんですけども、夢はございますか?個人的なもので構いません。会社に関する夢でも良いですし、個人の夢でも良いのですが、ぜひ何かありましたらお聞かせ頂けますでしょうか。
そうですね、まず会社の方なんですけれども、今は道路分野を中心に取り組んでいますが、将来的には社会インフラ全体の維持管理の高度化を目指してまいります。道路だけでなく、鉄道や橋梁など、全体のインフラ管理を効率化したいというのが一つの夢です。特に土木分野は非常に閉鎖的な業界であり、金融、医療など他分野に比べてDX化が進みにくいところはあります。そこは、土木分野に特化した当社がやるべきところだと考えています。また日本国内だけでなく、日本発の素晴らしい技術を世界に広めることにも挑戦したいです。
それは素晴らしい夢ですね。全世界に向けて展開していくということですね。
はい、特に発展途上国など、インフラが整っていない地域にもスマホを使った技術を導入することで、多くの人々の生活を改善したいと考えています。日本の技術をグローバルに展開することで、より多くの地域で安全なインフラを提供できるようにしたいです。
それは本当に素晴らしい目標ですね。個人的な趣味についても教えていただけますか?
正直に言うと趣味のようなものはあまりなくて、仕事が楽しいと感じています。仕事が趣味のようなものです。土日も仕事をしていることが多いですし、小さい頃から勉強に集中していたので、趣味を持つことが少なかったんです。でも、仕事を通じて社会に貢献できることが私のやりがいです。
なるほど、仕事を通じて社会貢献することが一番のやりがいなんですね。それは素晴らしいですね。最後に、東大前 HiRAKU GATEに期待することがあれば教えてください。
立派なオフィスに入居させていただき大変ありがとうございます。さらに期待することとしては、他のベンチャー企業とのコミュニケーションを促進するための交流会などがもっと増えると良いなと思います。定期的な交流会を通じて情報交換を行ったり、企業同士の協力関係を築ける場がもっとあれば嬉しいです。