取締役・共同創業者
桒田良輔
大企業およびスタートアップにおいて35年間のビジネス経験を有する。米デュポン社エレクトロニクス部門の企画部長、米E Ink Corporation社では事業開発部門の副社長を歴任し、凸版印刷では経営企画本部副本部長を務めた。現在は、東京大学の投資部門(東大IPC)のアドバイザー、東証プライム上場企業であるジャパンディスプレイの取締役としても活動している。
革新の小型基地局システムが作る未来
早速ですが、御社の事業内容を簡単に教えてください。
はい。これからAIや自動運転等の技術の進化により、通信量が増大するのは間違いありません。この通信量を許容するための5G、6G、7Gには、直進性が高く遠距離に届きにくいという物理特性があります。私たちは、この電波を25~30メートルほどの距離まで飛ばすことのできる分散ネットワーク型のミリ波小型基地局システムを開発しています。
ソリューションについて詳しく聞かせてください。
通信量が増えるということについてですが、例えばAIに関して言えば、ChatGPTなどのツールが使われると、データ通信の量が今までの3〜4倍にも増えるので、通信システムを5G、6G、7Gと大容量の通信を許与できるようにしていく必要が出てきます。
ただ、5G、6G、7Gでは高周波のミリ波を使いますが、この電波はあまり遠くまで届きません。今までのアンテナなら5〜6キロメートルくらい飛ばせたのですが、ミリ波だと恐らく500メートルくらいしか届かなくなります。しかも、雨が降ると電波が雨粒で反射されて届かなくなってしまったり、ビルの中にも届きにくくなったりするんです。例えば、窓ガラスにUVカットのために薄い金属膜が張られているのですが、これが電波を反射してしまいます。このように色々な問題が起きてきます。
そこでこのような問題を解決するために、私たちは株式会社Visbanを設立しました。この会社で500メートルは無理でも、25-30メートルくらいは電波を飛ばせるミニベースステーションのようなものを開発しています。
このミニベースステーションは、ビルの上に立てる大きなアンテナではなく、大型の携帯電話くらいの大きさで、ガラス基板上に全部の機能を詰め込んだ小型の装置です。これを大型基地局の代わりに街中に設置して行くわけです。
この装置は、ビームフォーミングやビームステアリングの技術を使って、特定の人に電波を届けることができます。数万台を製造し、街中に分散して設置することで、大規模なベースステーションの代わりに使えます。これにより、Net-Workを形成するコストが大幅に削減できます。
そして、このシステムを最適に運用するために、AIを使います。このデバイスがたくさん配置されている都市では、季節や周囲の環境、例えばバスが前を遮るときなどの要因も考慮して最も効率的な通信ルートを計算して、電波を待っているユーザーに迅速に届けることが可能になります。
AIを使って、こうした刻々と変化する状況に対応しながら、遅延なく電波を届けることができるようにしています。株式会社Visbanは、こうしたミニベースステーションを開発し、AIを活用したメッシュネットワークを構築して行きます。
なぜガラス基板を使うのですか。
一つは、熱伝導性の良さです。樹脂基板だと熱がこもりやすく、PCが熱くなるのと同じように、回路が熱くなってしまいます。ガラス基板だとその熱が逃げやすくなり、機器の性能維持に貢献します。
また、高周波の回路では表面が平滑であることが求められます。樹脂基板は繊維のような構造で、ミクロな視点で見ると表面がでこぼこしているんです。これが高周波信号の遅延を引き起こす原因になります。一方、ガラス基板は凹凸がないので、信号がまっすぐに伝わり、遅延を抑えることができます。
遠隔手術などの用途では、この遅延が致命的な問題になることがあります。例えば、遠隔で施術を行う医師がメスを入れるつもりでも、遅延によって作業にタイムラグが生じてしまうと大変なことになります。そのため、遅延を最小限にするためにガラス基板が重要なのです。
さらに、ガラス基板はシリコンと同じような熱膨張係数を持っているため、チップと基板の間の接続部分の信頼性も高まります。樹脂基板の場合、熱膨張の差が原因でハンダ部分に亀裂が入ることがありますが、ガラス基板ではその心配が少ないです。
このようにガラス基板には多くの利点があり、昔から理想的な基板とされてきましたが、加工の難しさが問題でした。特にガラスに穴を開ける作業が難しく、ひびが入ったり時間がかかったりしました。しかし、最近の技術進歩により、ガラス基板にきれいな穴を開けることができるようになり、大きな進展がありました。
ガラス基板が樹脂基板に取って代わる未来も考えられるんですか?
そうですね。ガラス基板は割れないガラスもありますが、衝撃に弱いイメージがあるかもしれません。でも、実際には非常に強度が高いものもありますし、ガラス基板を取り扱う生産技術は既に液晶TVなどの工場で実用化されています。今後インテルは、将来的にICを作るときに現在の樹脂基板では無くガラス基板に移行する可能性を公表しています。
ガラス基板の導入に関して、他に何か特筆すべき点はありますか?
私たちの創業者3人が、半導体とディスプレイの両方の技術に精通していたことが大きな利点となりました。半導体の分野ではガラスの使用が一般的ではありませんが、ディスプレイの分野ではよく知られています。そのため、私たちはこの両分野の知識を融合させて、新しい技術を開発することができました。これは非常に珍しいことで、成功への大きな要因となりました。
メッシュネットワークのコンセプトについて、もう少し詳しく教えていただけますか?
メッシュネットワークとは、、街中にVisbanの小さなデバイスを数多く配置し(その数は、大都市ですと何万台、数十万台になるでしょう)、各デバイスが独自にCommunicationをする仕組みです。私たちのデバイスが街中に設置され、AIが全てを管理(オーケストレーション)して最も効率的なルートを探し出します。
5G技術では、2時間の映画を数秒でダウンロードできると言われていますが、そのスピードを維持しながら高品質な通信を実現するのが、AIの役割です。AIの進化もタイミングが良かったですね。本当に運が良かったとしか言いようがないです。
ガラス基板とAIの融合、さらにインテルの発表があって、これらが合わさって素晴らしい結果になっているんですね。
そうですね。ガラス基板、メッシュネットワーク、そしてAIの三つが合わさることで、この技術が実現しました。
また、実際、私も東大のアドバイザーもしており、客観的にVisbanを見ている面もあるのですが、本当にプロフェッショナルなチームだと感じます。創業者の二人(連続起業家のSB.Cha博士CEOと元Cambridge大学教授のArokia Nathan博士CTO)は先見の明があり、非常に完成度の高いスタートアップを作ったと思います。
グローバルな展開についても、非常に可能性があると感じています。Visbanは、先に挙げた二人と私が、東大のファーストラウンドで認定され、日本で会社を設立しました。グローバル企業としての大きな可能性を秘めているStartupだと思います。
現在の事業を始めたきっかけは何だったのでしょうか?
CEOのSB.Cha博士からの発案だったんです。彼はこれまでに5社のスタートアップを立ち上げてきた有能な連続起業家で、5Gの問題に随分前から気づいていたんです。今の5Gって言われているものは、実際には4Gの改良版で5Gが持っている本来のPotentialを全く使っていないと。
その時、多くの人が透明なフィルムを窓ガラスに貼って電波を反射させる商品を出し始めました。フィルムにアンテナの回路を描いて、電波を中に入れたり反射するようにするわけです。でも、これはまるで偶然に任せてピンボールゲームみたいに電波を反射させて最後に中に届けるイメージです。
SBーCha氏はそれを見て、「もっといいアイディアがある」と言ったんです。最初に彼が起業したのはディスプレイ関連の企業で、その次が電池、そしてバクテリアを殺す会社でした。彼は常に新しい技術を使って見たことのないものを作り出し、社会問題を解決することを目指しています。
彼が特に興奮していたのは、バクテリアを捕まえて電子レンジのように熱で殺すフィルターを考えた時です。例えばエアコンに取り付けて、そこでコロナウイルスを捕まえて、1時間に1回電子レンジのように加熱して殺菌するというアイデアでした。彼はその時、本当に興奮していました。
このように、彼は常に社会問題を見つけ、それを解決するために何が必要かを考えています。技術があっても、それが社会の問題を解決できるかどうかは別の問題ですから、彼のアプローチは逆算的なんです。問題を見つけ、それに対してどの技術を使うかを考えるんです。
将来のビジョンについて教えていただけますか?
二つあります。
一つは定性的な部分ですが、私たち三人が共通して持っているのは、グローバルに通用するスタートアップを作りたいという気持ちです。特定の国の問題だけを解決するのではなく、世界共通の問題を解決するために取り組んでいます。これが私たちの元々の目的です。
もう一つは、電波が届かないことで生じる問題を、もっと経済的に解決するソリューションを提供したいということです。先進国ではWi-Fiや光ファイバーが既に広く普及していますが、それでも解決できない部分があります。また、例えば、アフリカのようにインフラが十分でない地域では、私たちのソリューションが非常に役立つと思います。
さらに興味深いのは、衛星通信とVisbanの連携の可能性です。スターリンクのような衛星通信システムは、どこにいてもインターネットにアクセスできるようにしてくれます。これは南極でも北極でも同じです。実際、ウクライナではこの技術が使われているようです。地球全体をカバーする通信網があれば、どこにいてもインターネットに接続できる。
これが実現すれば、従来の通信キャリアの役割が変わってしまうかもしれません。
このように、私たちの目指すビジョンは、技術的なイノベーションを通じて、世界中の問題を解決することです。それが先進国であれ、発展途上国であれ、私たちの技術が役立つ場所に提供していきたいと考えています。そして、衛星通信の技術と連携することで、さらに大きな変革をもたらす可能性があります。
では、次に桒田さんご自身についてお伺いします。個人的な目標や夢、または仕事に関連する想いなど教えていただけますか。
実は以前、アメリカの大手化学会社で働いていたんです。日本からスタートして、アメリカやアジアで仕事をしてきました。そういったグローバルな経験を積んできた中で、40歳前後の時にアメリカのMITの関係者から電話がありました。MITが設立したAmazonのKindleで有名になったスタートアップ、E Ink社に幹部として招かれたんです。
その頃、日本はまだエレクトロニクス産業の世界の中心でした。アメリカと日本が競争していた時代ですね。E Ink社は電子ペーパーを使った読書端末を開発していて、これが後にKindleとなる技術です。その時、私はまだ日本でのキャリアに満足していましたが、世界で挑戦したくてE Ink社に参加することに決めました。
実際にアメリカに行ってみて、非常に優秀な人たちが集まっているのを目の当たりにしました。彼らはスタートアップに情熱を注いでいて、私はそのエネルギーに衝撃を受けました。そこでの経験は私の人生を大きく変えました。
その後、E Ink社で8年間働き、アメリカのトップ経営者たちと一緒に仕事をする機会を得ました。これらの経験を通じて、私はグローバルな視点を持つようになりました。現在では、国際ディスプレイ学会(本部サンノゼ)の理事として活動していますが、これもすべてE Ink社での経験から得たものです。
私が伝えたいのは、世界に出ていろんなことに挑戦することの重要性です。日本に閉じこもらず、まずはやってみる。失敗してもいいんです。私自身、その経験から得たものが非常に大きいです。
桒田さんの幼少期についてお伺いします。どんな子供だったのか、特に記憶に残っていることがあれば教えてください。
私は中学生の頃は、かなり優等生でした。成績も良くて、中学時代はおそらく一番だったと思います。そのまま当然のように進学校に進んだのですが、高校に入ると少し疲れてしまって…。勉強ばかりじゃなくて何か他のことをしたいと感じるようになりました。それで、将棋部に入って、最後の県大会で二位になったこともあります。
勉強から少し距離を置くことで、何か新しいことをやりたかったのだと思います。でも、両親は私が医者になることを望んでいました。頭が良いと医者になるというのが普通の考え方でしたから。でも、私はそれがすごく嫌だったんです。18歳の若者が考えることじゃないですよね、収入が良いとか安定しているから医者になれというのは。
だからといって、他にやりたいことがあるわけでもなく、結構悩んでいました。大学も、教養課程があって進路を選べる自由度の高いところを選びました。一番興味があったのは理科系で、最終的には理工学部に進みましたが、就職の時もまだ自分が何をしたいのか分かっていなかったんです。
大学では、化学に興味を持ちました。世界で一番の化学会社というと、その頃はやはりアメリカにありましたね。それで、私は世界に出てみたいという気持ちが強くて、親の反対を押し切ってアメリカの大手化学会社に就職しました。それは本当にラッキーな選択でしたね。
最初は文化の違いに戸惑いもありましたが、アメリカの職場環境は非常にチャレンジングで、結果を出すとすぐに認められるシステムでした。上司も多国籍で、日本人だけでなく、イギリス人やアメリカ人、色々な人たちが上司になり、仕事をしました。
この経験を通じて学んだことは、どこの国の人間にも一貫した態度を取ることの大切さです。フェアであることが信頼を築く鍵だと思います。だから、どんな時でも公平に接することが大切だと感じています。
桒田さんにとって、今の自分につながっている経験やターニングポイントについて教えてください。何か特定の出来事や出会いが、今の道を選ぶきっかけとなったのでしょうか。
一つ挙げるとすれば、大学時代に英字新聞を発行するクラブに参加していたことですね。クラブの顧問だった小林先生がとても影響力のある方で、彼の話を聞くことで世界に目を向けるきっかけになりました。小林先生はハーバードを卒業し、ビジネススクールの校長も務めていた方です。彼の家に行くと、いろんな国の学生が集まっていて、そこでグローバルな視野を持つことができました。
もう一つの大きな影響は、母の存在です。母は看護学校の先生で、非常に多くの人に貢献してきた人でした。彼女の生き方は私にとって大きな影響を与えました。母は多くの人から愛され、尊敬されていました。彼女のように、私も人々に貢献できる人間になりたいと感じました。
この二つの経験が、私の今の道を選ぶ大きなきっかけとなったと思います。小林先生からはグローバルな視点を学び、母からはフェアであることの大切さを学びました。この二つの教訓が、私の人生の基盤になっています。
最後の質問ですが、東大前 HiRAKU GATEに期待する事はありますか。
「東大前 HiRAKU GATE」に期待することについてですが、まず最初に、私たちのようなベンチャー企業に対して、非常に寛大な条件で受け入れていただいていることに深く感謝しています。特に、東京大学の近くに位置し、学術的なリソースや優秀な学生たちとのネットワークを活用できることは大変有益です。
ビル自体がスタートアップやベンチャーの活動に適した設計となっており、他の企業との交流が自然に生まれる環境が整っています。これにより、新しいアイデアやビジネスモデルの試行が促進され、互いに刺激を受けながら成長できると感じています。
今後の期待としては、現在の環境を最大限に活用し、さらなるイノベーションと成長を追求していきたいと考えています。また、他の入居企業とのコラボレーションを通じて、新たなビジネスチャンスを創出し、互いに成長していけることを望んでいます。
このような支援をしてくださる皆様に、心から感謝申し上げます。そして、「東大前 HiRAKU GATE」が引き続きベンチャー企業の拠点として、私たちの成長をサポートしていただけることを期待しています。